
9月27日、TOYOTA ARENA TOKYOで行われるWBC世界バンタム級タイトルマッチで、王者・井上拓真選手と同級1位・那須川天心選手が再戦します。
試合を目前に控え、両選手がそれぞれ公開練習を行いました。
那須川選手の公開練習には井上陣営が、井上選手の公開練習には那須川陣営が視察に訪れ、練習後には両陣営から対照的な言葉が出ています。
公開練習では、実際にどこまで相手の状態を読み取ることができるのか。那須川選手は前回の対戦からどのように変わったのか。そして井上選手は、現在どのような状態に仕上がっているのか。
今回は、両選手の公開練習で見えた動きや、それぞれの陣営から出た発言について、僕が感じたことを書いていきたいと思います。
公開練習で作戦のすべてが分かるわけではない

公開練習では、基本的に本気の動きや手の内のすべてを見せることはありません。
以前、井上尚弥選手が中谷潤人選手との試合前に行った公開練習では、かなり本格的に動いていましたが、あのような内容のほうが異例だと思います。
通常は「元気です」「順調に仕上がっています」という現在のコンディションを見せる場であり、相手への対策として準備しているパンチや、試合で使う作戦まで見せることはありません。
そのため、公開練習を見ただけで「この作戦で来る」と判断するのは難しいでしょう。
ただし、パンチの質や構え方、バランスなどから、何を意識して練習しているのかを読み取れる可能性はあります。相手陣営も、そうした部分から現在の状態を確認しているのだと思います。
スパーリングを見せなかった那須川天心

那須川選手は今回、公開練習でスパーリングを行わず、「だいぶ見せたんで、もういいかな」と話していました。
那須川選手はファンサービスを大切にし、自分がどのように見られるかも強く意識している選手だと思います。これまではファンやメディアに向けて、スパーリングを見せることもありました。
しかし、今回はあえて見せなかった。その判断から、今は見せることよりも、試合に勝つことへ集中しているのだと感じました。
公開練習を視察した井上陣営からは、「重心が下がった」「前よりも前に出てくる」「打ち合いを想定しているのではないか」という声が出ています。
僕も映像を見て、以前より攻撃的な構えになったと感じました。実際に間近で見たわけではありませんが、もともとのアップライトで後ろ重心の構えと比べると、今回は少し前がかりに見えました。
これまでとは違い、前へ出ることを意識しているように感じます。
「個人対ボクシング」から「チーム対チーム」へ

井上浩樹さんは、今回の那須川選手について「地に足がついた」「カッコ良くなった」と表現しています。
また、前回は「天心選手個人対ボクシング」という印象だったものが、今回は「チーム対チーム」になったとも話していました。
那須川選手がメディアに見せるための練習ではなく、チーム天心として本気で勝ちに来ている。スパーリングや手の内を見せなかったことも含め、井上浩樹選手はチーム全体の変化を感じたのだと思います。
もちろん、リングの上で実際に戦うのは選手本人です。ただ、選手は一人だけで試合をすることはできません。
トレーナーと一緒に作戦を考え、スパーリングパートナーを選び、試合までの過程を作っていく。練習中のアドバイスや身体のケアも、周囲のサポートが必要です。
試合中も、ラウンドが終わればインターバルで信頼できるチームが待っています。試合がうまく進まなかったときや、判断に迷ったとき、信頼できる人がセコンドにいるかどうかは大きな違いになります。
信頼できる人の言葉は選手の中に入りやすく、脳が二つ、三つ、四つに増えるような感覚があります。接戦になったときほど、チームの存在が差につながると思います。
葛西裕一トレーナーとの信頼関係

那須川選手は、幼い頃かキックボクシング時代かに葛西裕一トレーナーから指導を受けていたと聞いています。
幼い頃から教わっている関係には、通常の選手とトレーナー以上の絆があるのではないでしょうか。那須川選手にとって、葛西トレーナーは「第二のお父さん」に近い存在なのかもしれません。
僕も現役時代、試合中は父親の声がとてもよく聞こえました。「うるさいな」と思うこともありましたが、それでも父親の声は自然と入ってきます。
葛西トレーナーの言葉にも、それに近いものがあるのではないかと思います。
敗戦によって「無敗の呪縛」から解放された

気持ちの変化が、実際の踏み込みに表れることはあると思います。
那須川選手は初黒星を経験したことで、「無敗でいなければならない」という呪縛から解放されたのではないでしょうか。
もちろん、負けに慣れることは良くありません。ただ、「絶対に負けてはいけない」と考え続けながら戦うことは、大きなプレッシャーになります。
一度負けたことで、負ける怖さを知ると同時に、無敗を守り続けなければならないという重圧はなくなった。だからこそ、今回は必要な場面で賭けに出られると思います。
微妙な勝負になったときに、「リスクを背負ってでも行かなければならない」と判断し、踏み込めるようになっている可能性があります。
井上拓真から感じたスピードと安定感

一方、井上選手の公開練習を視察した葛西トレーナーは、「速い。チャンピオンのボクシング」と、その完成度を評価していました。
僕も映像を見ましたが、井上選手は本当に速かったです。
もともとスピードのある選手ですが、今回は速さだけでなく、動きの安定感も感じました。自信が深まり、迷いがなくなったように見えます。
ミット打ちを見ただけでも「これは崩れないな」と感じるほど、素晴らしい仕上がりでした。
葛西トレーナーは井上選手の公開練習をスマートフォンで撮影していましたが、公開練習はメディアでも流れるため、撮影すること自体は特別なことではありません。
持ち帰った映像では、動きの癖などを確認する可能性があります。事前に練ってきた対策に対して、「やはりこの動きをする」「パンチを打つときに、この癖が出る」という答え合わせはできるかもしれません。
ただし、井上選手も100%の動きを見せているわけではなく、対策として準備している部分も出していないはずです。どこまで参考になるかは分かりません。
撮影される側も、公開されることを前提に、見られても問題のない内容を選んでいると思います。
挑戦者は勝ちに行かなければならない

井上選手の公開練習を見た葛西トレーナーは、王者のパワーを警戒しながらも、「こちらは挑戦者で崖っ縁。行かざるを得ない。できたら倒したい」と話しています。
挑戦者はドローでは王座を獲得できません。12ラウンドで明確に勝つためには、7ラウンドを取りに行かなければならない。
王者はドローでも防衛できますが、挑戦者は半分のラウンドを取るだけでは足りません。そのため、ポイントを守るボクシングではなく、自分から勝ちに行くボクシングが必要になります。
前回の那須川選手の戦い方のままでは難しいと思うので、何かを変えなければいけません。そのためにはリスクも背負う必要があります。
「行かざるを得ない」という言葉には、そうした挑戦者としての立場が表れているのだと思います。
強気な言葉は井上拓真の自信の表れ

最近の井上選手は、自信の高まり方が相当なものに見えます。今回の言葉も、作って出したものではなく、積み重ねてきた自信から自然に出たのではないでしょうか。
前回、那須川選手にあのような内容で勝ったことで、「こうすれば勝てる」という感覚もあると思います。さらに、現在の井上選手は前回よりも確実に強くなっています。
本人だけでなく、スパーリングなどを通じて周囲もその成長を感じているはずです。陣営全体で「昨年よりも強くなっている」という自信を深めているのだと思います。
「井上尚弥の弟」ではなく「井上拓真」へ

井上拓真という名前が一流ボクサーとして広く知られるようになったのは、堤聖也選手に敗れてタイトルを失った後、那須川選手にあの内容で勝った頃からだと思います。
第1戦の前は両者を支持する声が半々に近く、那須川選手有利という意見も多くありました。しかし、今回は井上選手有利という声が圧倒的に増えています。
それだけ、あの試合をきっかけに井上選手の見られ方が変わったということです。
那須川選手との試合で存在感を高め、井岡一翔選手との一戦で、その評価をさらに確かなものにしたのだと思います。
僕は以前から、井上拓真選手は相当強い選手だと思っていました。ただ、どうしても井上尚弥選手と比較されるため、その強さが見えにくくなっていた部分はあったと思います。
王者の自信と挑戦者の危機感

井上陣営には、圧倒的な自信があると思います。ただし、その自信が過信にならないようにする必要はあります。
「前回と同じようにやれば絶対に勝てる」と考えて試合に入り、那須川選手が想像以上に成長していた場合、「思っていたようにいかない」となる可能性があります。
そのとき、これまで積み上げてきた自信が崩れなければいいと思います。それほど自信がついていることは間違いありませんが、過信にならないことは注意したほうがいいでしょう。
一方、那須川選手にとって、同じ相手に二度負けることは非常に大きな問題です。
今回負けたら次はどうなるのか、再び世界戦の機会があるのかという危機感もあると思います。
井上選手に二度敗れることになれば、那須川選手の人気や、これまで築いてきた期待感にもダメージがあります。
井上選手は「僕に負けたら別の団体に行けばいい」という趣旨の発言もしていました。ただ、井上選手に負けたから別団体の王座を狙うという流れでは、那須川選手自身も納得できないと思います。
その意味でも、本当に切羽詰まった状況です。「崖っ縁」という言葉どおり、強い危機感を持って試合に臨むはずです。
YouTube越しでも伝わった井上拓真のオーラ

今回の両者の公開練習で最も印象に残ったのは、井上選手の仕上がりの良さです。
もともとスピードとバランスに優れた選手ですが、今回はそこに圧倒的な自信が加わっていました。
YouTubeの映像越しでも、井上選手の背中からオーラが出ているように見えました。
ミット打ちを見ただけで「これは強い」と分かるほどの動きでした。正直に言えば、「これは天心選手、相当きついぞ」と、以前よりも強く感じました。
那須川選手も、今回は挑戦者として覚悟を持って向かってくると思います。ただ、現在の井上選手の動きを見る限り、今回の井上選手は本当に強い。
その状況をひっくり返し、何かを見せてくれるのが那須川天心選手なのか。そこにも期待しながら、試合を楽しみにしたいと思います。
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【この記事を書いた人】
アマチュア実績全国3位(東洋大)
元プロボクサー
世界ランキング最高7位
第43代OPBF東洋太平洋バンタム級王者
ボクシング特化型パーソナルトレーナー
世界・東洋・日本チャンピオン10名輩出
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