
井上拓真選手と那須川天心選手の再戦が決まり、試合までの準備もいよいよ本格的になってきます。
一度戦ったことのある相手との再戦では、初対戦とは作戦の立て方も変わります。前回うまくいった部分をさらに伸ばすのか、うまくいかなかった部分を修正するのか。さらに、相手も対策してくることを想定して、その次の手まで準備しなければなりません。
今回は、再戦に向けてトレーナーと選手がどのように作戦を組み立てるのか、スパーリングではどんな準備をするのか、そして井上拓真選手と那須川天心選手の両陣営がどんな対策をしてくる可能性があるのかについてお話しします。
- 1. 再戦は相手を知っているからこそ対策しやすい
- 2. 選手とトレーナーでは試合の見え方が違う
- 3. 天心選手側は「近い距離」の対策が大きなポイント
- 4. 相手が何を変えてくるかは「予想」するしかない
- 5. 「次の手」まで準備しておく
- 6. 作戦を固めすぎるのも良くない
- 7. 再戦のスパーリングではどんな相手を選ぶのか
- 8. スパーリング相手を一つのタイプに絞りすぎない
- 9. うまくいかなかった場面は実戦まで落とし込む
- 10. 10カ月でどこまで変えられるのか
- 11. 拓真選手は「対天心」だけではなく全体的にレベルアップしている
- 12. 新しく身につけたものを本番で出せるか
- 13. 作戦はトレーナーだけで決めるものではない
- 14. 納得できない作戦では勝てない
- 15. 試合1カ月前までは自分自身を強くする
- 16. 作戦が通じなければ早く切り替える
- 17. 再戦の準備が最も表れやすいのは「1ラウンド」
再戦は相手を知っているからこそ対策しやすい

僕自身、トレーナーになってから担当選手が再戦した経験はなかったと思いますが、選手時代には一度経験しています。
フィリピンで負けた相手と、日本で再戦しました。
一度戦っている相手は、やはり対策しやすいです。映像だけではなく、自分自身が相手の強さや距離、タイミングなどを実際に体感しているからです。
前回の試合で良かったところ、ダメだったところを選手とトレーナーで共有しながら作戦を作っていきます。
良かった部分については大きく変えるのではなく、さらに精度を上げていく。反対に、相手に取られたところやうまくいかなかったところは改善する必要があります。
それに加えて、「前回はこうしても良かったかもしれない」という新しい案を作ることもあります。
選手とトレーナーでは試合の見え方が違う

前回の試合映像は当然見返します。
ただ、外から試合を見ているトレーナーと、実際にリングで戦っている選手では感じているものが違います。
外からは「ここでこうすればよかった」と見えていても、選手本人には別の感覚がある場合があります。
だからこそ、お互いの意見を共有して、「実際にはどうだったのか」を突き詰めていく作業が必要です。
これは勝った側も同じです。
今回でいえば、拓真選手側も前回勝ったからそのままでいいわけではありません。
「もっとこうできた」「ここはさらに良くできる」という部分を探し、前回の勝ち方にプラスアルファしていく。
しかも天心選手側は、前回うまくいかなかったところを確実に修正してくるはずです。
拓真選手側も「天心選手がこう変えてきたら、次はこうしよう」というところまで考えて準備する必要があります。
天心選手側は「近い距離」の対策が大きなポイント

前回の試合を振り返ると、天心選手側は課題が比較的分かりやすいと思います。
拓真選手がプレッシャーを強め、距離が近くなってから試合の流れが悪くなりました。
序盤はそれなりに戦えていたと思うので、やはり距離を潰されたあとの対処は強化してくるはずです。
近い距離になったときにどう戦うのか。
そこは今回、絶対に対策してくる部分だと思います。
ただ、「前回こうだったから、今回はこれをやる」と作戦を一つだけに決めるのは危険です。
用意した作戦が通用しなかったときに、「これだけ練習してきたのにダメじゃん」となってしまいます。
いくつかパターンを持っておいて、こちらがダメなら次はこちら、とすぐに切り替えられなければいけません。
拓真選手も天心選手も頭の回転が速い選手なので、いくつかの策を準備してくると思います。
相手が何を変えてくるかは「予想」するしかない

相手が今回どんな作戦を持ってくるのか。これは結局、予想するしかありません。
例えば拓真選手側であれば、前回の内容から考えて、天心選手が接近戦に何かプラスしてくる可能性は想定していると思います。
前へ出てくるのか、ブロッキングしながら距離を潰してくるのか、押し返してくるのか。
いろいろなパターンが考えられます。
そこで逆に、拓真選手がロングレンジでも天心選手を上回る準備をしてくる可能性もあります。
天心選手側が「接近戦を対策してきたのに、今度は遠い距離でやられている」となれば、また次の対応が必要になります。
相手がこうしてくるだろうと考え、それを上回るために何をするのか。
そして、それをさらに相手が読んでくる可能性まで考える。
再戦では、そういった読み合いも増えてきます。
「次の手」まで準備しておく

作戦を大きく分ければ、前に出てプレッシャーをかけるのか、動きながらポイントアウトするのか。この2つは両者とも準備してくると思います。
その中で、前に出るならどんな形で出るのか。
ポイントアウトするなら、どんなパンチを使い、どの距離で戦うのか。
さらに細かい技術や戦術を組み合わせていきます。
重要なのは、一つ目の作戦だけではありません。
天心選手は拓真選手が最初からプレッシャーを強めてくる可能性を当然想定しているでしょうし、それに対する準備もしてくると思います。
では、その天心選手の対策に対して拓真選手はどうするのか。
次の手まで両陣営が考えておく必要があります。
作戦を固めすぎるのも良くない

いろいろな作戦を準備する必要はありますが、ガチガチに固めすぎるのも僕は良くないと思っています。
プランを細かく大量に作るより、相手の「気をつけるべきところ」と「狙うべきところ」を明確にして、あとは試合が始まってから組み立てていく方法もあります。
試合は、実際にやってみなければ分からない部分があります。
「絶対にこの作戦で戦う」と決めすぎて、その作戦がハマらなかったときに困ってしまいます。
だから結局、一番大切になるのは対応力です。
ある程度の作戦は作る。ただし固定観念にとらわれすぎない。
僕自身は、考え方まで固めすぎたくありません。
再戦のスパーリングではどんな相手を選ぶのか

対戦相手を想定したスパーリングでは、基本的に相手に近いタイプを用意します。
今回でいえば、拓真選手はオーソドックス、天心選手はサウスポーなので、拓真選手はサウスポーとのスパーリングを多くするでしょうし、天心選手はオーソドックスと多くやると思います。
天心選手の場合、前回プレッシャーをかけられた場面が課題だったので、ファイター寄りの選手とのスパーリングを増やしているのではないかと個人的には予想しています。
ガンガン前へ出て打ち合ってくる相手に対して、ポイントで負けない。
そういう相手からもしっかりポイントを取れるようにする練習です。
一方、拓真選手であれば、天心選手のようにスピードがあり、左ストレートを得意とするサウスポーを想定することになると思います。
アマチュア出身でスピードのある選手などと、スパーリングをしている可能性はあると思います。
スパーリング相手を一つのタイプに絞りすぎない

ただし、スパーリングも同じタイプばかりでは良くありません。
例えば天心選手がファイターとばかりスパーリングしていれば、遠い距離で戦う練習が足りなくなってしまう可能性があります。
ファイターともやるし、ボクサータイプともやる。
ここでも、固めすぎないことは大切です。
そもそも対戦相手と完全に同じ選手はいません。
「この選手は相手に似ている」と思い込みすぎると、実際に試合をしたときにリズムや感覚が違い、逆に狂ってしまうこともあります。
完全なコピーを探すというより、身長やリーチ、体型、動きなどが近い選手と練習することが多いです。
スパーリングパートナーに、「今日はアウトボクシングをしてほしい」「左ストレートを多く使ってほしい」「カウンターを狙ってほしい」と注文することもあります。
もちろん、その動きをパートナー自身ができなければ意味がありません。
うまくいかなかった場面は実戦まで落とし込む

前回うまくいかなかった部分を修正するときは、まずトレーナーと相談しながらシャドーやミットで形を作り、最終的には実戦で試していきます。
今回の拓真選手であれば、前回序盤に見られたロングレンジでの駆け引きも準備しているのではないかと思います。
前回は、遠い距離では天心選手の左ストレートが非常に良く見えました。
もし今回、拓真選手がその距離でも主導権を取れるようになっていたら、天心選手としてはかなり難しくなります。
一方の天心選手は、拓真選手にガンガン前へ出られたときの対処を重点的に練習しているはずです。
前回は、その場面で拓真選手の見栄えが圧倒的に良くなり、天心選手が崩れていきました。
今回は、そこで簡単にポイントを持っていかれないことが重要になります。
10カ月でどこまで変えられるのか

天心選手はトレーナーも変わっています。
新しいトレーナーと組んでからまだ1年経っていない中で、どこまで変えられるのかは気になるところです。
エストラーダ戦では、近い距離で戦うという、これまで取り組んできたことを試合の中で確認できたと思います。
ただ、僕自身はエストラーダ選手には年齢による衰えや、バンタム級が適正ではない部分もあったと感じています。
現在の拓真選手は、エストラーダ選手より一枚も二枚も上だと思っています。
そのため天心選手は、エストラーダ戦でできたから大丈夫というところではなく、さらに精度を上げる必要があります。
拓真選手は「対天心」だけではなく全体的にレベルアップしている

拓真選手は前戦で井岡一翔選手に良い勝ち方をして、さらに自信をつけています。
井岡選手はサウスポーではないため、あの試合がそのまま天心選手対策になるわけではありません。
ただ、拓真選手自身が大きな自信を手にしたことで、相手が誰であっても強い拓真選手になってきていると感じます。
前回より、拓真選手は全体的なレベルが上がっていると思います。
天心選手は「拓真選手に前回やられた部分」を伸ばしてくる。
一方、拓真選手は一つ一つの技術そのものが全体的に上がっている。
その二つが今回どうぶつかるのかは非常に興味深いです。
新しく身につけたものを本番で出せるか

新しい技術を実戦で使えるレベルにするまで何カ月必要なのかは、一概には言えません。
天心選手の場合、エストラーダ戦で実際に試せたことは大きいと思います。
ただ、それによって完全に自信を持てるかというと、また別です。
実際に拓真選手と戦い、準備してきたことをやってみたのに拓真選手が圧倒的に強かった場合、「あれだけ練習したのに通用しない」と感じる可能性があります。
そうなれば、かなり焦ると思います。
拓真選手はすでに天心選手のスピードを一度体感しています。
そのため、スピードだけで拓真選手に勝つのはかなり厳しいと思います。
天心選手としては、練習でつけた自信を本番で跳ね返されないところまで精度を高められるかが重要になります。
僕は拓真選手を相当強い選手だと思っています。
作戦はトレーナーだけで決めるものではない

試合の作戦を誰が決めるかは、チームによって違います。
選手から「僕はこう戦いたい」と提案することもあれば、トレーナーから「こうやって勝とう」と伝える場合もあります。
最終的には、二人で話し合うことが大切です。
これは選手とトレーナーの相性にも関係します。
拓真選手は、お父さんとの信頼関係が非常に強いと思います。
ある程度大きな方向性は作ったうえで、最初は拓真選手自身に戦わせ、本人がリングで感じたことと外から見ているトレーナーの意見を合わせていく形もあるのではないかと思います。
そこに大橋ジムの鈴木トレーナーなどからも、対策や作戦についてプラスされている可能性があります。
天心選手については、今回は葛西トレーナーがついています。
僕個人の予想としては、葛西トレーナーが示した方向性を、天心選手が実行する形になるのではないかと思っています。
納得できない作戦では勝てない

大切なのは、選手が納得できていることです。
トレーナーから言われた作戦に対して、「自分はこう思います」と言える関係性が必要です。
「これ、やりにくいんだけどな」と思ったまま本番を迎えても、うまくいかないと思います。
最初はやりにくかったとしても、練習を重ねる中で「こうすればやりやすいんだ」というところまで持っていく。
そこまでできて初めて、試合で使える作戦になります。
試合1カ月前までは自分自身を強くする

相手対策と自分自身のレベルアップの割合については、試合がかなり近くなれば、より対戦相手を想定した練習になります。
ただ、1カ月ほど前までは、自分自身のレベルを上げることが大切だと思います。
あくまで僕個人の想像ですが、拓真選手は相手への対策以上に、自分自身のレベルアップに取り組んでいるのではないかと感じます。
僕は現在の拓真選手のほうが天心選手よりボクサーとしてのレベルは上だと思っているため、より細かな作戦や戦術が必要になるのは天心選手側ではないかと考えています。
天心選手のほうが、対策練習の重要性は高いと思います。
作戦が通じなければ早く切り替える

準備した作戦が試合で通じない場合に、いつ切り替えるのか。
これは試合前から決めておくこともできます。
「この形でスタートして、やりやすければそのまま1ラウンドいこう」
あるいは、
「やりにくかったら1分、1分半で切り替えよう」
と事前に話しておくこともあります。
逆に、1ラウンドは最後まで同じ作戦で通して、一度インターバルに戻ってから判断する場合もあります。
インターバルでは、選手本人がどう感じたのかと、セコンドからどう見えたのかを照らし合わせます。
その上で、次のラウンドから少しずつ変えていきます。
再戦の準備が最も表れやすいのは「1ラウンド」

拓真選手と天心選手がどんな準備をしてきたのか。
今回の再戦で一番分かりやすいのは、1ラウンドだと思います。
拓真選手が前回3ラウンド以降に見せたように、最初からプレッシャーをかけるのか。
それとも少し後ろを使い、ポイントアウトを狙うのか。
前回の序盤、遠い距離では天心選手のほうが良く見える場面もありました。
拓真選手が今回、その距離であえて勝負するのか。それとも最初から距離を潰しにいくのか。
そして拓真選手がプレッシャーをかけたとき、天心選手が今回はどう対応するのか。
まずは拓真選手がどう出るのか。そして、それに対して天心選手がどんな答えを用意してきたのか。
1ラウンドは非常に見ものだと思います。
現時点では僕は拓真選手有利だと考えていますが、天心選手がどんな準備をしてくるのかは非常に楽しみです。
その天心選手の変化に対して拓真選手が横綱相撲を見せるのか。それとも天心選手の対応によって、拓真選手が焦るような場面が生まれるのか。
両者には怪我なく、万全の状態でリングに上がってほしいと思います。
試合まで残り約1カ月となれば、スパーリングも佳境に入っていく時期です。
しっかり準備して、試合に臨んでほしいと思います。
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【この記事を書いた人】
アマチュア実績全国3位(東洋大)
元プロボクサー
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第43代OPBF東洋太平洋バンタム級王者
ボクシング特化型パーソナルトレーナー
世界・東洋・日本チャンピオン10名輩出
キッズボクサー全国チャンピオン5名輩出
キックボクサー世界チャンピオン指導
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